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東京地方裁判所 昭和30年(行)56号 判決 1956年4月07日

原告 亀ケ谷雪代

被告 東京都公安委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十九年十二月十一日なした訴外中ノ郷質庫信用組合に対する質屋営業許可処分は無効であることを確認する。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、被告は昭和二十九年十二月十一日訴外中ノ郷質庫信用組合(以下訴外組合と略称する)大森支部に対し、質屋営業法に基き質屋営業を許可した。

二、しかし、右許可処分は次の事由で無効である。

(一)  訴外組合は昭和二十五年二月二十八日中小企業等協同組合法に基いて設立された信用協同組合で、協同組合による金融事業に関する法律に基き東京都知事の認可を受けて金融事業を営むものである。ところで中小企業等協同組合法に基いて設立された信用協同組合は組合員の経済活動を助成することを目的としており、営利団体ではないのであるから、その権利能力は同法第七十六条に規定された目的に限定されるものといわなければならない。そして流質契約を含む質貸付契約は本来営利行為であり、質貸付を業とすることは協同組合の本質に反するものであるから、右条項の信用協同組合の目的たる事業として明規されていないことは当然でありそれ故右条項に規定された事業に附帯する事業ともいい得ない。従つて同法に基いて組織された信用協同組合たる訴外組合は質屋営業を営む能力を有しないものであるから、本件処分は権利能力を有しないものに対して為された無効の処分である。

(二)  訴外組合は前記のとおり協同組合による金融事業に関する法律による認可を受けて金融事業を営む者であるからその支部の設置については東京都知事の認可を受けなければならないが、右知事の認可は支部設置の有効要件であつて、認可を受けない限り法律上支部は存在しないものである。

ところで訴外組合が大森支部の設置の認可を都知事から受けたのは、昭和三十年五月末日頃であるから本件処分がなされた昭和二十九年十二月十一日当時訴外組合大森支部は存在しなかつたのである。従つて本件処分は法律上存在しないものに対して営業を許可したものであるから無効である。

三、原告は肩書地において被告の許可を受けて質屋営業をなすものであるが、訴外組合大森支部が本件営業許可処分により原告店舖に近接して、月三分(半月一分五厘)流質期間五カ月という契約条件で営業を開始したため、原告の取引高は激減し全く行詰ることになり莫大な損失を蒙つているから、本件処分が無効であることの確認を求めるため本訴請求に及ぶ。」

(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の答弁として主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

「行政処分の無効確認を求める訴が提起できるのは、該処分によつて、自己の権利義務に具体的な法律上の効果が及んだ場合においてのみ許されると解すべきであるが、本件営業許可処分は原告の具体的権利を侵害するものでないから原告は本訴提起の利益を有しないというべきである。原告は、訴外組合の大森支部の営業によつて、その営業的利益を喪うと主張するけれども、それは被告の許可の直接の効果ではなく、訴外組合大森支部と原告が営業上競合的関係にたつからに外ならないのである。即ち質屋営業は何ら独占的ないしは特許的な営業ではなく、質屋営業法第三条第一項に規定する欠格条件がなければ誰でも営むことができるものであるから、同業者の出現により原告が営業上の利益を喪つたからといつて、被告の本件処分によつて原告の権利を害したことにはならない。」

本案に対する答弁として「原告の請求を棄却する。」との判決を求め請求原因事実の答弁、被告の主張及び書証の認否として次のとおり述べた。

一、請求原因一、記載の事実同二の(一)の事実中訴外組合が原告主張の日に中小企業等協同組合法に基いて設立された信用協同組合で協同組合による金融事業に関する法律により東京都知事の認可を受けて金融事業を営むものであること、同三の事実中原告が肩書住所地で被告の許可を受けて質屋を営業しているものであることはいずれも認めるがその余の事実はすべて争う。

二、訴外組合の定款第二条第二項第三号によれば、訴外組合はその組合員に対し質貸付をなすことを事業の目的としており、この定款を有する協同組合として認可を受け設立されたものであるから、訴外組合が組合員に質貸付をなす能力を有することは明らかである。

三、訴外組合が質屋営業法第三条第一項に規定する欠格条件に該当しない限り被告は営業許可をしなければならないのである。けだし国民公共の福祉に反しない限り営業選択の自由を保障されている(憲法第二十二条第一項)からである。従つて訴外組合大森支部は前記欠格条件に該当しないから本件営業許可処分はなんら違法ではない。

四、(立証省略)

理由

先ず本訴の適否について判断する。

原告は本訴において、被告が質屋営業法第二条第一項により訴外組合大森支部の申請に基き訴外組合大森支部に質屋営業を許可した処分が無効であるとしてその確認を求めているのであるが、このような第三者に与えた行政庁の許可処分の無効確認の訴は、当該処分によつて自己の権利又は法律上の利益が侵害される場合に限つて提起できるのであつて、単に事実上の不利益を蒙るに過ぎない場合には訴の利益はないと解すべきである。

そこで原告が本件処分によつて害されたと主張する利益が法律上保護さるべきであるかどうかを検討すると質屋営業の営業許可は、質屋営業が庶民金融の重要な部分を占めるものであり、又質物を取扱うのでその性質上犯罪捜査にも関係があつて、社会公共の秩序に影響があるので、一般的に自由な営業を禁じ、許可の申請によつて社会公共の秩序を及ぼす虞れのない営業者にこれを許可し、質営業を適法ならしめるもので、右許可によつて質屋営業者に独占的な利益を享受する地位を保障するものでも、一定の営業利益を保護するものでもないのである。だから質屋営業者が質屋営業法によつて営業方法につき制限される点はあるけれども、その範囲内でいかほどの収益を確保するかということは他の自由な営業者と同様に営業者の全く自由な経済活動に任されているものといわなければならない。従つて原告が訴外組合大森支部の開業によつて事実上質屋営業による利益が著しく減じたとしても、その営業利益は法律によつて保護される利益ということはできないから、原告は本訴について訴の利益がないというべく原告の訴は不適法である。

よつて本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩野徹 富川盛介 井関浩)

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